とび、土工事等は大木建設株式会社にお任せ下さい

大木建設株式会社

 


会長挨拶
昭和56年10月に躯体施工会社 特に鳶工事・土工事を中心とする専門工事会社を設立して25年間、想えば「光陰矢の如し」でほんのひと時とも感じるし、また艱難辛苦のひと時とも思える。総じて喜怒哀楽の中に25周年を大過なく迎えられた事を大変喜んでおります。
それも社員の勤勉と努力とお得意様(清水建設、黒川建設、長谷工コーポレーション、スターツ他)施工協力会社等のご指導、ご鞭撻の御蔭で今日の姿があると深く御礼感謝致しております。
私の会社設立にあたっては、22年間在職した大崎建設諸先輩方の協力を頂いた事を忘れてはならない。世間でいうノレン分けを受けた事で、受注先も施工業者もそのまま引き継げた事にあります。そうは言っても、オイルショックの後遺症中で受注量が激減し、未経験で慣れない荻窪環八通りに架かる歩道橋新設一式工事、首都高速側壁補強夜間工事、浅草橋和泉橋等落橋防止工事、山梨県の山中での送電線鉄塔の基礎工事等々、予想もしていなかった土木工事も意欲的に受注し、会社存続を計った時期があり、現在に至る経過が走馬灯のごとく思い浮かんでくる。

昭和60年代から平成一桁の時代にバブル景気の到来により、会社経営の実績を感じた躍進の時代があり社員と共に好景気を喜びました。
しかし好景気は長続きせず、その後は、いくつかの不幸の連続でした。
平成5年9月に、会社3階の寮の火災、平成7年3月に実家の父親の急死、平成8年3月に突然、創業以来の取引会社である黒川建設の建設部・設計部の倒産閉鎖により負債数億円を抱え込むと共に、徐々に建設業界不況の波が押し寄せ、我が社も整理するか、維持するかの思案の時期がまいりました。また、そのさ中、平成8年9月には、25年間の中で、唯一の現場での墜落死亡災害の発生、等々いろいろな事件も重なり、不況に伴う銀行の貸し剥がしの中で、社長自ら反省の元に固定経費の見直し、会社資産の整理、積極的営業の見直し、協力業者の対応改善と活性化を意欲的に取り組みました。
復活を計った平成15年度の決算を終え、残債務の処理見通しも付き、2代目社長大木 勉に引継ぎの方向に向かった。
初代社長の独裁経営から、2代目社長大木 勉・常務高橋喜平を中心に組織化して、社内経営を進めるべく引継ぎ決定をした。
この業種は、今後永続する最高業種であると私は自信を持って言えるしブランド化することにより一層の競争力が充分に実現出来ることを伝承する。
私は、改めて自己経営方針を記すことで今後の目標にしてほしい。

  • 我が社は人と人との永続的なつながりから受注する。
  • 自ら率先して、仕事をし、施工の楽しみを知る。
  • 専門業種としての知識を多く身に付け、多様なアイデアと直接的技術を得意先に提供する。
  • 得意先や責任者を充分選択し誠意を持って尽くす。
  • 利益の追求なくして社の繁栄はない。

私はこうして、現在の姿ある会社を育てた。

日常の七つの実施事項

  • 対応“そく実行”速く行動のこと。
  • 表現は具体的に、声は大きく目的をはっきりと。
  • 自己の研鑽を忘れず勤勉であること。
  • 喜怒哀楽は共有する。
  • まず自分の健康管理から安全管理。
  • 協力業者の育成と利益の配分。
  • 決めた約束は守る。

以上大志を抱き猪突猛進して来たことが、良くも悪くも私の生き方であると思う。

皆に伝えたい、人と人のつながりを大事に人に愛され育ち行く大木建設を楽しみに後見して行きたい。

平成18年10月吉日
会長大木一司


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